[真福寺]
(しんぷくじ)[用草]
真福寺はもと永福寺4代日真上人閑居の所であったが、永禄7年(1564)安立坊と称して永福寺の塔頭になり、
天正10年(1582)寺号を許され、独立して安立山真福寺と称した。
用草小学校は明治6年ここに仮設され、明治20年新校舎が新築されるまでの14年間、更には明治35年9月の
台風による校舎倒潰の際の仮校舎と、前後16年余り教室に使用された。
この本堂は文字通り悪童共の活動の場になっていたようで、今でも堂内各所にその名残りが残っている。