脱走塚]

(だっそうづか)[西林]

脱走塚

明治維新の動乱の時、尊王攘夷の側に立つ天狗党と、

天狗党に追われて下総国へと逃げこんだ水戸藩佐幕派の諸生党が、

匝瑳郡松山村で最後の死闘を交えた。

この松山戦争で敗れた諸生党の一人半蔀平義中は、逃げる途中、

この付近の居酒屋で休憩中に追手に捕らえられ、その場で処刑された。

首は持ち去られたが、胴体は近くの住民によってこの脱走塚に手厚く葬られ、供養された。